日独伊三国条約

日本国、独逸国及伊太利国間三国条約

 

1940(昭和15)722日、第2次近衛文麿内閣が成立し、松岡洋右が外相に起用された。松岡は以前からの懸案の枢軸国ドイツ、イタリアとの軍事同盟締結を積極的に推進するため、Ott駐日大使や、Stahmer特使と折衝を重ねた。916日、臨時閣議で松岡の三国同盟条約案が承認され、19日の御前会議で日本の態度は正式にきまった。927日、ベルリンのHitler総統官邸で、この前文と6条からなる日独伊三国同盟条約が来栖三郎駐独大使、Ribbentrop独外相、Ciano伊外相によって調印された。

 

大日本帝国政府、独逸国(ドイツこく)政府及伊太利国(イタリアこく)政府ハ万邦ヲシテ各(おのおの)()ノ所ヲ得シムルヲ以テ恒久平和ノ先決要件ナリト認メタルニ依リ大東亜及欧洲ノ地域ニ於テ各其ノ地域ニ於ケル当該民族ノ共存共栄ノ実ヲ挙ゲルニ足ルベキ新秩序ヲ建設シ (かつ)(これ)ヲ維持センコトヲ根本義ト為()シ右地域ニ於テ此ノ趣旨ニ拠ル努力ニ付相互ニ提携シ 且協力スルコトニ決意セリ。 (しこう)シテ三国政府ハ更ニ世界到ル所ニ於テ同様ノ努力ヲ為サントスル諸国ニ対シ協力ヲ吝(おし)マザルモノニシテ斯()クシテ世界平和ニ対スル三国終局ノ抱負ヲ実現センコトヲ欲ス。依テ日本国政府独逸国政府及伊太利国政府ハ左ノ通(とおり)協定セリ。

 

第一条 日本国ハ独逸国及伊太利国ノ欧洲ニ於ケル新秩序建設ニ関シ指導的地位ヲ認メ且之ヲ尊重ス。

 

第二条 独逸国及伊太利国ハ日本国ノ大東亜ニ於ケル新秩序建設ニ関シ指導的地位ヲ認メ且之ヲ尊重ス。

 

第三条 日本国、独逸国及伊太利国ハ前記ノ方針ニ基ク努力ニ付相互ニ協力スベキコトヲ約ス。更ニ三締約国中何(いず)レカノ一国ガ現ニ欧洲戦争又ハ日支紛争ニ参入シ居ラザル一国ニ依テ攻撃セラレタルトキハ三国ハ有ラユル政治的、経済的及軍事的方法ニ依リ相互ニ援助スベキコトヲ約ス。

 

第四条 本条約実施ノ為各日本国政府、独逸国政府及伊太利国政府ニ依リ任命セラルベキ委員ヨリ成ル混合専門委員会ハ遅滞ナク開催セラルベキモノトス。

 

第五条 日本国、独逸国及伊太利国ハ前記諸条項ガ三締約国ノ各ト「ソヴィエト」聯邦トノ間ニ現存スル政治的状態ニ何等ノ影響ヲモ及ボサザルモノナルコトヲ確認ス。

 

第六条 本条約ハ署名ト同時ニ実施セラルベク、実施ノ日ヨリ十年間有効トス。 右期間満了前適当ナル時期ニ於テ締約国中ノ一国ノ要求ニ基キ締約国ハ本条約ノ更新ニ関シ協議スベシ。

右証拠トシテ下名ハ各本国政府ヨリ正当ノ委任ヲ受ケ本条約ニ署名調印セリ。   

昭和十五年九月二十七日即チ一九四〇年、「ファシスト」暦十八年九月二十七日伯林(ベルリン)ニ於テ本書三通ヲ作成ス。