日独関係における相互認識

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本研究の目的と学術的背景
本研究は、近代日本とドイツの関係史において、両国の相互イメージの形成とその要因を考究し、さらに両国の相互イメージが二国間関係に与えた影響を明らかにしようとするものである。1860/61年のプロイセン使節団の来日に始まった日本と「ドイツ」の二国間関係がまもなく150周年を迎えようとしている現在、近代以降の日独関係を改めて再評価しようとする関心が高まっている。ただし、これまでの日独関係に関する研究がもっぱら外交と経済に焦点を当ててきたのに対して、本研究は「相互イメージ」という観点を導入し、最近の歴史学で新たな流れとなっているビジュアル資料を集中的に活用することを試みるものである。
歴史学において、近年、ビジュアル資料を重視する者が“visual turn“、“iconic turn“ を宣言するなかで、視覚的メディアに強い影響を受ける「他者イメージ」が注目を集め、国際関係を論じる際にもこのアプローチがますます利用されるようになりつつある。国際関係を「国」と「国」の関係という枠組みで論じることはもはや適切ではないという指摘がされることもあるが、自国のイメージを他国において改善することは現在でも国家の重大な関心事であり、受手となる人々の頭の中にも「国」単位のイメージが相変わらず根強くあることは間違いない。メディアによって伝えられる他国・他者のイメージは、ときとして国どうしの関係に様々な影響を与え、国際的緊張をもたらす事件に発展する例も近年何度も発生した。このことからも、国際関係におけるイメージの形成、その要因と影響力を考究する必要性は明らかである。
こうした観点から、本研究は、日本とドイツという二つの近代国家の二国間関係において、現在にいたるまでの両国間の相互イメージの形成と変容、その視覚化の過程、イメージの変容を規定した国内的・国際的要因を考究するとともに、相互イメージが二国間関係にどのような影響を与えたか、また日独両国間に現在どのような相互認識が形成されているかについて考察しようとするものである。

国内外の先行研究との関係・本研究の学術的な特色・独創的な点これまで、日独関係史に関する研究は様々な成果をあげてきた。中でも、1980~1990年代の研究成果は、近年、Christian W. Spang, Rolf-Harald Wippich, eds., Japanese-German Relations, 1895-1945 (Routledge, 2006)、工藤章・田嶋信雄編『日独関係史、1895-1945』(東京大学出版会、2007年12月~2008年3月刊行予定)という2冊の論文集にまとめられた。研究を進めるにあたって、本研究は、日独関係史に関する従来の研究蓄積を十全に生かすために、研究分担者としてこれらの先行研究の著者・編者(本研究の代表者サーラの論文も上述の論文集に含まれている)の一部と協力する。ただし、これらの日独関係史研究には政治史的、経済史的なアプローチが多く、資料的にもほとんど外交文書にのみ依拠しているという限界がある。そのため、本研究は、旧来の政治史的なアプローチをも包含しながら、主に下記の二点について、さらに研究の視野を広げる。

(1)ドイツと日本の相互認識、想像(イメージ)、ステレオタイプへの着目
具体的には、19世紀のドイツにおけるジャポニズムと黄禍論、日本におけるドイツモデル論(憲法、医学、技術)、20世紀初頭における軍国主義論争と両国の相互関心、1930年代のプロパガンダに見られる美化された相互イメージと「自然的同盟相手」「伝統的友好関係」「国民性の類似性」等のイメージ、戦後における両国の経済の相互評価と「歴史問題」、「過去の克服」における相互イメージ等の問題群を考察の主たる対象とする。先行研究の中でこのような観点を取り入れたものとしては、岩村正史『戦前日本の対ドイツ意識』とその他数本の研究論文(佐藤卓巳「1930年代・日本のナチズム報道」、室潔「中野正剛のナチス観」、三宅正樹「ヒトラーの政権掌握と日本の論壇」等)が挙げられるが、これらの研究は基本的に1930年代の日独関係に焦点を当てている。それに対して本研究が目的とするのは幕末から現在にいたるまでの150年間の日独関係史の全体を視野におさめつつ、その間の非常に激しい相互イメージの変化について長いスパン(longue durée)から分析することである。そのような形で、日独相互イメージの長期的変容の様相を明らかにすることにより、これまでにない長期的かつ総合的な日独関係像を構築することができるものと考える。

(2)非文献資料を含めた幅広い資料群の活用
本研究では、思想史、メディア史、政治学、古写真史研究などの諸分野において行われつつある研究を統合し、その多様な問題意識と視点を生かした分析を心がける。それはすなわち幅広い種類の資料を参照することを意味する。日独関係史では、従来の研究は主に政治・外交関係の資料を利用してきたが、本研究では相互イメージの変容というテーマを扱うことから、必然的に、雑誌、論説などに加え、ビジュアル・メディア(古写真、記念葉書、版画、戦争プロパガンダ、国発行のパンフレット、教科書、百科事典、風刺画と歴史画、インターネットなど)を中心に、近年の歴史学において新たに重要視されつつある非文献資料を含めた各種の新しい資料を利用することになる。
本研究の特色である国際関係における相互認識・イメージの解析というアプローチは、近年の「歴史問題」の影響により、日本では日韓・日中関係に関する研究に限定的ながら取り入れられて始めている。そのほかにも、日米中関係を中心に国際関係における相互認識に関する研究が萌芽的に行われてきた(入江昭『米中関係のイメージ』2002、澤田次郎『近代日本のアメリカ観』1999等)。しかし、それらの研究は全体として文献資料に依拠して進められている。イメージを論じる際に欠くことのできない資料として本研究が重視するビジュアル資料については、米国の日本研究者John Dowerがたとえば写真というメディアに関して『日本写真史: 1840-1945』(講談社、1971)の英語版(A Century of Japanese photography, 1981)の序文で、「日本史研究者は写真を重要視せず、[欧米の]古写真史学者は日本を視野に入れない」と指摘しているように、その史料的な価値は、これまで日本の歴史学研究、国際関係史において十分に顧慮されてきたとは言えない。ビジュアル資料の分析という研究手法を日本に関連してはじめて国際関係論に適用した定評ある研究としては、前述のDowerによる日米関係研究War Without Mercy があげられるだけである。
こうしたなかで、近年、ドイツにおける日独関係研究でもビジュアル資料を取り入れたものが出始めている(Sepp Linhart, ’Dainty Japanese’ or Yellow Peril ,2005)なか、申請者は、『ヨーロッパから観た日露戦争―版画新聞、絵葉書、錦絵』(稲葉千晴と共編、2005)、『明治初期の日本 ドイツ外交官アイゼンデッヒャー公使の写真帖より』 (ペーター・パンツァーと共著、日独両言語、2007)などの著作を刊行し、その流れを中心的に推し進めてきた研究者の一人である。本研究は、その蓄積のうえに構想されたものである。
時代的にも領域的にも広範な範囲を包摂するこのような課題は、共同研究というかたちでしか達成されえない。本研究の参加者としては、主として歴史学者に協力を要請するが、近年、国際的にも強い流れとなっているcultural studies的なアプローチを取り入れながら研究を進める。また、その他にも幅広い分野の専門家と協力し、多彩な外部協力者を動員する。これらの研究メンバーとともに、日独関係の開始以降、150年間にわたる日独の相互イメージの変容を解明し、同時に日独関係に関わる「神話」の脱構築を成し遂げることが本研究の狙いである。それにより、日独関係史のなかでこれまで十分に意識されてこなかった「相互イメージとその影響」という観点から従来の研究を修正、補完し、より多様で充実した日独関係史を再構成できると考えている。本研究では、国際関係史研究において今までなかった研究成果を成し遂げ、国際関係史の研究分野の全体を大いに刺激するとともに、一般社会においても関心を呼び起こすことができると確信している。

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